山登り

昔から山登りを父と一緒にしていました。

小学校の時に大杉谷を渓行したのが自慢です。

その当時、まだ山登りをする人口が少なく登山道の整備や、山小屋の設備が殆どされて無かったので、
そのときは危うく死にかけました。

谷筋の木の軌道が朽ちており、谷底に落ちたのです。
幸い深い淵が下に有り岩角に当らなくて済みましたが、かなりの高さから落ちたと思います。

川や湖で泳ぎが出来たのが幸いしました。
溺れずに泳いで岸に辿り付けました。

怪我をしていたら今の様に救助はされていないでしょう。
御嶽山{大学の時、端から端まで縦走した}のヘリ救助なんか当時は考えられないので。

あくまでも自分の命を守るのは自分。自己責任です。
当世の山登りを楽しむ雰囲気は無い、自己鍛錬も兼ねて登るのです。

高校は登山部に所属していました。
北アルプス針ヶ岳、剣岳にも登りました。剣岳には此れ以降2回登っています。

大学は中央大学で、登山部に親戚がいて部室に案内され入部を勧められましたが、
親の反対と国家試験を取る目的で選んだ大学だったので入部を断りました。

結局、途中で父から後を継いでくれと言われたのと、
全学連の中核派の拠点として校舎がバリケードで封鎖されて勉強どころではなかったことから
国家試験は断念しました。
(でも、ココだけの話、実際は頭が悪く受かる自信が無かったからです。
学内封鎖される状況だったのですが、受かる人は受かっていました。)

勉強を止めた後はマージャンとバイト、山登りで学生時代を過ごしました。
東北、日光連山、秩父、八ヶ岳、南アルプス北部、中央アルプス、大峰、大台山系
九州の山等 随分登りmした。

北海道の山も計画したが相棒がトンずらして辞めた
一人でも行けるが、ヒグマが怖くて諦めました

山登りで特に自慢できるのが北アルプス連峰山行きです。
端から端まで全ての山系全て登りました。

大学山岳部に入って無かったら社会人では日程的に制限有る為
同じ位北アルプス山数登っている人はあんまりいません。

これも自慢に成らないが阿蘇連山の火口原、三原山の火口原歩きました。、(実際は当時より危険に付き進入禁止区域でした)

命知らずの無鉄砲。若さ故、です。

大峰奥掛け(吉野山より熊野大社)全山縦走してます。これも稀 修験者以外は少ないです。

大学登山部に所属して無かった為、今でも岩山と雪山は苦手です。
もう一度青春を戻せるなら大学は山岳部に入って大学出た後、ヒッチハイクして世界中旅行したいですね。

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